2009年9月21日月曜日

【奇人列伝】 ハイルKHF

A社は、担当の業界ごとに別会社かと思うほど、それぞれがグローバルにタテ割でした。
私は金融グループにいたのですが、そのグローバルヘッドは、アメリカ人→ドイツ人→イギリス人→フランス人とバトンタッチされていき、世界の覇権争いの歴史を連想したものです。

ドイツ人KHF氏は、なかなかのやり手で、長く学生をした後に30歳手前で入社し、めざましい出世をとげました。
冷酷というわけではないのですが、ドイツ人らしいカッチリとしたマネジメントで、英語も流暢ではないものの力強い演説で、彼の話を聞くとつい「ハイル ヒ○ラー!」ならぬ「ハイルKHF!」とつぶやいてしまうのでした。
彼の本拠地がフランクフルトなので、中枢メンバーもフランクフルトに駐在していて、聞くとアメリカ人もドイツではドイツ語を話すことを強要されていたとのこと。
さすがです。

彼の言葉で忘れられないのは、"We cannot work harder, but we can work smarter."というものです。
奇人というわけではないのですが、印象深いリーダーでした。

2009年9月20日日曜日

2009.9.17 日経 朝刊

苦しみぬいて何かをつかんだ人の言葉は、重いですね。

1.スポーツ面の豊田泰光氏(野球評論家)のコラム

「人間、体で覚えるという以上の確実な教育があるだろうか、と思う」
飢えの体験があるから、白いご飯のありがたみを忘れない。
胃袋の記憶は、いつまでも薄れない。
「負けて野球を知り、飢えて食を知った。
人間は理性の生き物だというが、結局は痛みが一番の師匠なのかなあ、と思うことがある。」

2.経営者に聞く-永守重信氏(日本電産社長)

今年1-3月期の赤字が判明し、「夜中に何度も目が覚めるほど苦しんだ」とのこと。
その後の生産性改善活動によって、いまでもリーマンショックに「感謝したいぐらいだ」。


どちらも、超一流の「プロ」ですが、その強さの源泉は、苦しみをチャンスととらえられるポジティブな精神でしょう。
私も、夜中に目覚める悩みを味わうことがありますが、長い目で見たときにそれに感謝できるようにしたいものです。

2009年9月6日日曜日

【奇人列伝】 EA女史のキャリアアップ?

若手社員にとって、幹部のEA(Executive Assistant)は、けっこう気を使う存在です。
忙しいボスの時間の隙間を教えてくれたりsるチームスピリットのある人もいれば、ボスのゲートキーパーみたいになっている人や、「私に声をかけないで!」みたいな人まで、いろいろです。

AS女史は、当時若手の私から見ると、後者の部類に入る人でした。
ボスとのランチオンミーティングも、ボスのランチボックスは用意するけれどもあなたは自分で買ってきなさいと言うような人です。

しかしながら、AS女史は、着実に社内でつきあう相手をキャリアアップ(ランクアップ)していき、ついにエクスパットの外人COOとめでたく(?)結ばれました。
日本に連れてきた奥さんと別れて、恋の道が成就しました。
このCOO氏は、社内の嫌われ者で私もいぎたない口論をしてしまった相手ですが、なんとその後は競合会社の社長に転出・・・。
そして、その競合会社はつぶれました。

キャリアアップとして、まことに天晴れですが、やっぱり変???

2009年9月5日土曜日

どこで育ったか。誰に鍛えられたか。

あるビジネスパーソンのことを理解しようとする場合に、けっこう参考になるのが
「最初に勤めた会社で、どんな仕事をしてきたか」
「どんな上司やメンターに恵まれたか」
という問いかけへの答えです。

最初に勤める会社というのは、社会人としてまっさらな白地の上に経験を積む場なので、「三つ子の魂は百歳まで」的な影響をもたらしていることが予想されます。
トレーニングが充実し、自然に切磋琢磨するような会社で10年勤めたとなると、「けっこうやるな」という感じになります。
また、鬼軍曹であったり、突き抜けているような人に鍛えられた、あるいはそういう人を目標としていたとなると、なにか芯を感じます。

会社や人とのめぐり合いで、キャリアがいかようにも変わっていくのが、面白くもあり、こわくもあるところです。
運もあるでしょうし、運をひきつけるのも、人柄や徳を含めた実力ということでしょう。