2009年12月19日土曜日

【奇人列伝】 ブルドッグGS

GS氏は、A社の1990年代の驚異的成長を牽引したリーダーで、ブルドッグと呼ばれていました。
パートナーミーティングで迂闊な質問をすると彼に"Stupid question!"と切り捨てられるとか、自分の移動用にプライベートジェットを要求したとか、いろいろ言われていました。
当時のA社は、兄弟会社のAA社との確執が続き、彼にはいろいろなことがあったのだろうと推察します。
ある朝、会社のボイスメール(当時はOCTELと呼ばれるボイスメールシステムが電子メールよりも活用されていました)をチェックすると、「ハイ!GSです。私はA社をやめました。・・・」というメッセージが入っていてビックリ!
「やめます」ではなく、「やめた」とは!
彼は、100億ともいわれる株式インセンティブをもらってインターネットベンチャーのCEOになり、その会社がつぶれた後には、CRM大手のCEOになりました。 その会社も買収され、その後は一線を離れています。
いろいろ言われていましたが、私にとっては強烈なカリスマ性を感じる、偉大なるプロフェッショナルサービス会社の偉大なるリーダーでした。

その後、A社が兄弟会社からの離別に成功し、株式公開したころのパートナーミーティングに、スペシャルゲストとして彼が招かれました。
数千人のパートナーの満場の拍手の中、彼らしい簡潔ながらも力強いスピーチをし、「Keep me proud.」と締めくくりました。
かっこよすぎます。

やはり、GS氏は心の中の永遠のリーダーでした。

2009年12月13日日曜日

コンサルタントの罠

コンサルティングという仕事は、知的にエキサイティングで、ビジネスにインパクトをもたらし、自己の充足感も得られる仕事だと思っています。
クライアントのため、チームのため、ファームの成長のため、日々なにかしらの成果を出し、前進しようとする意思と努力によって、大きな対価が得られます。

一方で、コンサルタントには罠が待ち構えています。
それは、芸者コンサルタント・太鼓持ちコンサルタントになりさがってしまうという罠です。

成果を出し続けること、クライアントにサービスを売り、デリバーすることは、一面ではハードなことです。
いったんクライアントの信認を得ると、クライアントの側にいて助さん格さんになり、「このご印籠が見えぬか?」とやっているだけでフィーがもらえれば楽なことこの上ありません。

自省も含め、そのようなコンサルタントを複数見てきて、悲しい気持ちになるとともに、コンサルティング業界の発展を阻害する大きな要因だと感じます。

芸者や太鼓持ちになるほうもどうかと思いますが、それでいい気になっているユーザーも、あわれな気がします。
ノンバンクの仕事をしていたとき、CIOが「俺はコンサルタントは芸者だと思っているから信用しない」と豪語し、その隣に彼のお抱えの芸者コンサルタント氏がニコニコしながら黙って座っていた光景が、私の原風景です。

2009年12月12日土曜日

Out-of-box

いきづまったとき、よく Out-of-box thinking で、と言います。
「箱の外」すなわち枠にとらわれない、型にはまらない、独創的な、というような意味で用います。

他人と同じではつまらないし、箱の中では窮屈。
生き方もOut-of-boxでいきたいものですね。

2009年12月6日日曜日

ハードワークと成長

労働時間をどう考えるかは、難しい問題です。
コンサルティングの仕事を例にとれば、やればやるほどキリがありません。
報告会の前に徹夜続きなど、当たり前です。
大規模システムの移行作業に従事していた時は、ピーク時に週に1度ぐらいしか帰宅しませんでした。

マネジメントは、異常な働き方をなくそう!と掛け声をかけます。
9 to 9 運動とかいって、せめて朝9時から夜9時で仕事を終えるようにしよう、というのもありました。
実際には、9 to 翌朝の9 などと笑えない話もありました。

おそらくハードワークで、朝布団の中で脳出血で亡くなった若者もいました。
体力的に不利な女性は、体調をこわしてやめていったり、バックオフィスに移りました。
産業医の先生は、精神的にまいらないようにさかんに啓もう活動を行いました。

一方で、ある時期に根をつめて取り組むことで、飛躍的に成長することもあると思います。
この状態は、けっこう恍惚感のある状態です。
それを紋切的に「仕事はここまで!」といってやめさせるのも違和感があります。

肉体と精神の限界に近いことを示す警告灯のようなものがあれば、否応なしにストップできるのでしょうが、そうもいきません。
自分にとっては永遠の課題です。

2009年12月5日土曜日

ふるさと

A社のときに一緒に働いたりした人たちの飲み会に呼ばれました。
15年ぶりぐらいに会った人も何人かいて、幸せなひとときを過ごしました。

15年ぶりに会っても、いまこの瞬間にも同じプロジェクトでやっているような感覚。
きっと自分にとってのふるさとだからなのでしょう。

A社では、よく「ふるさとジョブ」といっていました。
新人としてはじめに配属されるジョブ(プロジェクト)。
右も左もわからないので、四苦八苦し、上司にしごかれ、ハードワークし、クライアントに鍛えられ・・・。
まるで軍隊ですが、ラーニングカーブは急上昇、同じ苦労をした仲間とは格別の関係です。
その後、いろいろなプロジェクトもしくは会社に巣立っていくわけですが、困難があってもふるさとジョブの苦労を思うと自然に乗り越えられたりします。

会社にしても、ふるさと会社という感覚です。
キャリアの最初の会社。
ここで、どれだけ鍛えられ、苦労し、成長し、仲間をつくるか。
ふるさと会社に恵まれるか、また自分で恵まれたと言える状況をつくるか。
プロフェッショナルの人生は、ふるさと会社によって大きく変わるように思います。

私自身は、A社というふるさと会社に、ただただ感謝あるのみです。