2009年12月19日土曜日

【奇人列伝】 ブルドッグGS

GS氏は、A社の1990年代の驚異的成長を牽引したリーダーで、ブルドッグと呼ばれていました。
パートナーミーティングで迂闊な質問をすると彼に"Stupid question!"と切り捨てられるとか、自分の移動用にプライベートジェットを要求したとか、いろいろ言われていました。
当時のA社は、兄弟会社のAA社との確執が続き、彼にはいろいろなことがあったのだろうと推察します。
ある朝、会社のボイスメール(当時はOCTELと呼ばれるボイスメールシステムが電子メールよりも活用されていました)をチェックすると、「ハイ!GSです。私はA社をやめました。・・・」というメッセージが入っていてビックリ!
「やめます」ではなく、「やめた」とは!
彼は、100億ともいわれる株式インセンティブをもらってインターネットベンチャーのCEOになり、その会社がつぶれた後には、CRM大手のCEOになりました。 その会社も買収され、その後は一線を離れています。
いろいろ言われていましたが、私にとっては強烈なカリスマ性を感じる、偉大なるプロフェッショナルサービス会社の偉大なるリーダーでした。

その後、A社が兄弟会社からの離別に成功し、株式公開したころのパートナーミーティングに、スペシャルゲストとして彼が招かれました。
数千人のパートナーの満場の拍手の中、彼らしい簡潔ながらも力強いスピーチをし、「Keep me proud.」と締めくくりました。
かっこよすぎます。

やはり、GS氏は心の中の永遠のリーダーでした。

2009年12月13日日曜日

コンサルタントの罠

コンサルティングという仕事は、知的にエキサイティングで、ビジネスにインパクトをもたらし、自己の充足感も得られる仕事だと思っています。
クライアントのため、チームのため、ファームの成長のため、日々なにかしらの成果を出し、前進しようとする意思と努力によって、大きな対価が得られます。

一方で、コンサルタントには罠が待ち構えています。
それは、芸者コンサルタント・太鼓持ちコンサルタントになりさがってしまうという罠です。

成果を出し続けること、クライアントにサービスを売り、デリバーすることは、一面ではハードなことです。
いったんクライアントの信認を得ると、クライアントの側にいて助さん格さんになり、「このご印籠が見えぬか?」とやっているだけでフィーがもらえれば楽なことこの上ありません。

自省も含め、そのようなコンサルタントを複数見てきて、悲しい気持ちになるとともに、コンサルティング業界の発展を阻害する大きな要因だと感じます。

芸者や太鼓持ちになるほうもどうかと思いますが、それでいい気になっているユーザーも、あわれな気がします。
ノンバンクの仕事をしていたとき、CIOが「俺はコンサルタントは芸者だと思っているから信用しない」と豪語し、その隣に彼のお抱えの芸者コンサルタント氏がニコニコしながら黙って座っていた光景が、私の原風景です。

2009年12月12日土曜日

Out-of-box

いきづまったとき、よく Out-of-box thinking で、と言います。
「箱の外」すなわち枠にとらわれない、型にはまらない、独創的な、というような意味で用います。

他人と同じではつまらないし、箱の中では窮屈。
生き方もOut-of-boxでいきたいものですね。

2009年12月6日日曜日

ハードワークと成長

労働時間をどう考えるかは、難しい問題です。
コンサルティングの仕事を例にとれば、やればやるほどキリがありません。
報告会の前に徹夜続きなど、当たり前です。
大規模システムの移行作業に従事していた時は、ピーク時に週に1度ぐらいしか帰宅しませんでした。

マネジメントは、異常な働き方をなくそう!と掛け声をかけます。
9 to 9 運動とかいって、せめて朝9時から夜9時で仕事を終えるようにしよう、というのもありました。
実際には、9 to 翌朝の9 などと笑えない話もありました。

おそらくハードワークで、朝布団の中で脳出血で亡くなった若者もいました。
体力的に不利な女性は、体調をこわしてやめていったり、バックオフィスに移りました。
産業医の先生は、精神的にまいらないようにさかんに啓もう活動を行いました。

一方で、ある時期に根をつめて取り組むことで、飛躍的に成長することもあると思います。
この状態は、けっこう恍惚感のある状態です。
それを紋切的に「仕事はここまで!」といってやめさせるのも違和感があります。

肉体と精神の限界に近いことを示す警告灯のようなものがあれば、否応なしにストップできるのでしょうが、そうもいきません。
自分にとっては永遠の課題です。

2009年12月5日土曜日

ふるさと

A社のときに一緒に働いたりした人たちの飲み会に呼ばれました。
15年ぶりぐらいに会った人も何人かいて、幸せなひとときを過ごしました。

15年ぶりに会っても、いまこの瞬間にも同じプロジェクトでやっているような感覚。
きっと自分にとってのふるさとだからなのでしょう。

A社では、よく「ふるさとジョブ」といっていました。
新人としてはじめに配属されるジョブ(プロジェクト)。
右も左もわからないので、四苦八苦し、上司にしごかれ、ハードワークし、クライアントに鍛えられ・・・。
まるで軍隊ですが、ラーニングカーブは急上昇、同じ苦労をした仲間とは格別の関係です。
その後、いろいろなプロジェクトもしくは会社に巣立っていくわけですが、困難があってもふるさとジョブの苦労を思うと自然に乗り越えられたりします。

会社にしても、ふるさと会社という感覚です。
キャリアの最初の会社。
ここで、どれだけ鍛えられ、苦労し、成長し、仲間をつくるか。
ふるさと会社に恵まれるか、また自分で恵まれたと言える状況をつくるか。
プロフェッショナルの人生は、ふるさと会社によって大きく変わるように思います。

私自身は、A社というふるさと会社に、ただただ感謝あるのみです。

2009年10月10日土曜日

人が育たない日本?

先日、あるクライアントに、「優秀な幹部を採用したいが、期待像が高まる一方で、期待にこたえる人が増えていないのではないか?キャリアを高めようと努力する意識がうすれているのではないか?」という問題提起を受けました。

これは当たっていると思います。
外資系をみれば、1980年代から1990年代は、日本がアジアの中心であり、ITや金融の革新などによって多くの変化が生まれ、また社員の教育に力を入れるグローバル企業も数多くありました。
ちょっと思い出すだけでも、GE、IBM、P&G、会計事務所およびそのコンサルティング部門などが頭に浮かびます。
いまはといえば、日本は無視される規模になっています。
グローバルの売上比で日本が4-5%はざら、1-2%というところもあります。
ローカルの権限もどんどんとりあげられていき、アジアの本社も香港やシンガポールにおかれ、日本のマネジメントといってもあちらこちらに報告しながら箸のあげおろしまでコントロールされる体たらくです。

これでは人は育たない。
外的なダイナミズムがないのですから、個人がよほどしっかりと意識して、よいメンターをもち、努力しない限り、野心ぎらぎらの中国人やインド人などに秒殺されます。

個人がどれだけ積極的精神をもてるか。また、その精神をどれだけ応援できるか。
そこに活路を見出したいと思う次第です。

2009年9月21日月曜日

【奇人列伝】 ハイルKHF

A社は、担当の業界ごとに別会社かと思うほど、それぞれがグローバルにタテ割でした。
私は金融グループにいたのですが、そのグローバルヘッドは、アメリカ人→ドイツ人→イギリス人→フランス人とバトンタッチされていき、世界の覇権争いの歴史を連想したものです。

ドイツ人KHF氏は、なかなかのやり手で、長く学生をした後に30歳手前で入社し、めざましい出世をとげました。
冷酷というわけではないのですが、ドイツ人らしいカッチリとしたマネジメントで、英語も流暢ではないものの力強い演説で、彼の話を聞くとつい「ハイル ヒ○ラー!」ならぬ「ハイルKHF!」とつぶやいてしまうのでした。
彼の本拠地がフランクフルトなので、中枢メンバーもフランクフルトに駐在していて、聞くとアメリカ人もドイツではドイツ語を話すことを強要されていたとのこと。
さすがです。

彼の言葉で忘れられないのは、"We cannot work harder, but we can work smarter."というものです。
奇人というわけではないのですが、印象深いリーダーでした。

2009年9月20日日曜日

2009.9.17 日経 朝刊

苦しみぬいて何かをつかんだ人の言葉は、重いですね。

1.スポーツ面の豊田泰光氏(野球評論家)のコラム

「人間、体で覚えるという以上の確実な教育があるだろうか、と思う」
飢えの体験があるから、白いご飯のありがたみを忘れない。
胃袋の記憶は、いつまでも薄れない。
「負けて野球を知り、飢えて食を知った。
人間は理性の生き物だというが、結局は痛みが一番の師匠なのかなあ、と思うことがある。」

2.経営者に聞く-永守重信氏(日本電産社長)

今年1-3月期の赤字が判明し、「夜中に何度も目が覚めるほど苦しんだ」とのこと。
その後の生産性改善活動によって、いまでもリーマンショックに「感謝したいぐらいだ」。


どちらも、超一流の「プロ」ですが、その強さの源泉は、苦しみをチャンスととらえられるポジティブな精神でしょう。
私も、夜中に目覚める悩みを味わうことがありますが、長い目で見たときにそれに感謝できるようにしたいものです。

2009年9月6日日曜日

【奇人列伝】 EA女史のキャリアアップ?

若手社員にとって、幹部のEA(Executive Assistant)は、けっこう気を使う存在です。
忙しいボスの時間の隙間を教えてくれたりsるチームスピリットのある人もいれば、ボスのゲートキーパーみたいになっている人や、「私に声をかけないで!」みたいな人まで、いろいろです。

AS女史は、当時若手の私から見ると、後者の部類に入る人でした。
ボスとのランチオンミーティングも、ボスのランチボックスは用意するけれどもあなたは自分で買ってきなさいと言うような人です。

しかしながら、AS女史は、着実に社内でつきあう相手をキャリアアップ(ランクアップ)していき、ついにエクスパットの外人COOとめでたく(?)結ばれました。
日本に連れてきた奥さんと別れて、恋の道が成就しました。
このCOO氏は、社内の嫌われ者で私もいぎたない口論をしてしまった相手ですが、なんとその後は競合会社の社長に転出・・・。
そして、その競合会社はつぶれました。

キャリアアップとして、まことに天晴れですが、やっぱり変???

2009年9月5日土曜日

どこで育ったか。誰に鍛えられたか。

あるビジネスパーソンのことを理解しようとする場合に、けっこう参考になるのが
「最初に勤めた会社で、どんな仕事をしてきたか」
「どんな上司やメンターに恵まれたか」
という問いかけへの答えです。

最初に勤める会社というのは、社会人としてまっさらな白地の上に経験を積む場なので、「三つ子の魂は百歳まで」的な影響をもたらしていることが予想されます。
トレーニングが充実し、自然に切磋琢磨するような会社で10年勤めたとなると、「けっこうやるな」という感じになります。
また、鬼軍曹であったり、突き抜けているような人に鍛えられた、あるいはそういう人を目標としていたとなると、なにか芯を感じます。

会社や人とのめぐり合いで、キャリアがいかようにも変わっていくのが、面白くもあり、こわくもあるところです。
運もあるでしょうし、運をひきつけるのも、人柄や徳を含めた実力ということでしょう。

2009年8月22日土曜日

事務所の混み具合がビジネスの具合を語る

コンサルティング会社のように、お客様のところに行ってClient Facingで仕事をしていることがCore Businessとなっている会社のビジネスが好調か不調かは、その会社の事務所をのぞけばすぐにわかります。
客先で仕事をしていれば、日中に事務所にいることはまずありません。
したがって、事務所が社員でいっぱいというような会社は、稼働率が低く、プロジェクトが少なく、売上も停滞し、ビジネスは不調ということになります。

という話をしていたら、相手の方が「うちの営業も、どういうわけか会社にばかりいて、人であふれているんですよ!」と言っていました。
そうか、営業の強さ・好調さをはかる方法にもなるのかもしれませんね。

2009年8月15日土曜日

Door Open

A社に入社したのは1990年。
ひたすら緑色の表紙の英語の研修教材を来る日も来る日も読みました。
表紙には、重厚なドアが開いている絵が書いてあります。
1ヶ月半ほど日本でその教材を終えてから、シカゴ郊外の広大な研修センターで3週間缶詰です。
そこには、緑色の教材の表紙にあったドアの実物(?)が、やはりドアが開いた状態でおいてあります。

そのときは、なんとなく「この会社では、ドアが開いているということが大事なのだな」ぐらいに思っていました。
その後、プロジェクトに配属されて、自分の会社のオフィスに戻ることは滅多にないのですが、戻ると個室をもつパートナーたちの部屋は、会議中でなければドアが開いています。
「いつでもドアが開いているから、Think Straight, Talk straightで入って来なさい」というオープンな社風でした。
その後、会社の拡大とオフィスレイアウトの変更、緑色の教材がコンピュータにとってかわられる、などの時代の流れの中で、Door Openのカルチャーが必ずしも中心にあり続けたわけではありません。

しかし、社会人としての原点がそこにあるので、Door Open Cultureは大好きだし、プロフェッショナルサービスファームには必要な文化だと思います。

あのドアが開いているマーク、自分でなんとか見つけたいのですが、出てきません。

2009年7月20日月曜日

ファンキーな人は楽しい

いろいろなプロフェッショナルにお会いする中で、楽しくなってくるのはファンキーな人と話しているときです。
「なにかにとことんこだわりをもっている人」、「世間一般の評価を気にせずに、自分のやりたいことを追求している人」、「とっぴなことを、ドンキホーテのように実現可能と信じて突き進んでいる人」を私は勝手にファンキーと呼んでいます。

オープンシステムについての理想論でも、演劇論でも、教育論でも何でも、ファンキーな会話ができると充実感を覚えます。

地位や稼ぎとファンキーさとが反比例するような気がするのも、興味深いことです。
エスタブリッシュメントになるとファンキーさが薄れるのか、ファンキーだとエスタブリッシュメントになれないのか・・・。

Stay hungy. Stay foolish.
人間、そのほうが面白い!

2009年6月28日日曜日

専門家の価値

プロフェッショナルの価値は、素人考えで「自分でもできるさ」とやってみてヤケドをしたときに、肌身に感じてわかるものだと思います。

トラブルに巻き込まれたときに弁護士に相談。
自我流プロジェクトで失敗したときにコンサルタントに応援を頼む。
お金の相談をFPや税理士にする。

プロフェッショナルにFeeを払うことをケチったばかりに大ヤケドしたりします。
また、プロフェッショナルを使うことが、プロフェッショナルを育てることにもつながります。

往々にして、人間は痛い思いをしないと行動しないものです。
早めに相談、内容によってはアドバイザー、顧問的に長い目で関係をつくり、プロフェッショナルを味方につける。そんなプロフェッショナル業の好循環構造ができるといいなあと思います。

2009年6月6日土曜日

苦汁その2

あるノンバンクの仕事をしていたとき、ビジネスサイドと主にプランニングを進めていたため、通称CIOと電算部長を敵に回しました。

こちらは、一緒に進めていかないとプロジェクトがうまくいかないことは明らかなので、コミュニケーションをとり、Buy in を得ようとしますが、関係は悪化するばかりです。

あるミーティングでは、通称CIOが「私は、コンサルタントは芸者でしかないと思っているんだよ、キミ」と言いました。驚くべきことに、CIO氏の横には本邦大手コンサルティング会社AB社のMDが暗い目つきをして鎮座しているのです。聞けば、CIO氏の側近的に長くこの会社で仕事をしているとのこと。CIO氏と芸者の珍妙な組み合わせでした。
その後、CIO氏は勇退されたのか、いつのまにかおられなくなりました。賢そうなことを沢山おっしゃっておられましたが、CIOらしい成果をどれぐらい残されたのかは、私にはいまもわかりません。

別のミーティングでは、電算部長氏に「お客をなんだと思っているんだ!」とすごまれました。権力をふりかざす典型的電算部長です。この会社のシステムを憂える言葉を再三発しておられましたが、あっさり見切りをつけて別の会社に行かれました。

こちらも青かったので、どっちもどっちですが、CIOや電算部長という「プロ」であれば、言ったことについて筋を通す矜持を見せていただきたかったと思います。
あの不毛な議論の数々はなんだったのでしょう?
そして、AB社の芸者コンサルタント。その後明るい目つきになっていることを祈ります。

2009年5月30日土曜日

基本動作の大切さ

同じプロフェッショナルサービスとはいえ、仕事内容のかなり異なるS社に入って1年。
ちょうど仕事にもなれてきた一方で「生兵法はけがのもと」とならないように気を引き締めるべき頃合いです。

1年たって思うことは、それぞれの会社にとって大切な基本動作というものがあり、はじめのうちにそれを身につけることが長いキャリアにつながるということです。

思えば、以前にいたA社では、社会人としてスタートした直後に徹底的に洗脳(?)されたので、いやでも基本動作がしみつきました。

人生後半戦にいる今、新しい環境でそこに必要な基本動作を習得することは、案外と難しものです。
「基本動作習得マニュアル」があるわけではないので、気付いたことを書き出して見直すようにしています。それでも、実際のビジネスの実践においては、つい以前のやり方でやってしまったりします。

「変わること」と「基本を徹底すること」が、プロフェッショナルの成功の秘訣なのかなあ、と思うきょうこの頃です。

2009年5月24日日曜日

DeMotivational Leader

Motivational Leader は、組織をモチベートして全体のパフォーマンスを高め、また帰属する人に満足感・幸福感をもたらします。

では、DeMotivational Leader はどんな人でしょうか?
  • 部下の話を聞くといいながら、自説をとうとうと述べる
  • 否定から入る
  • ほめない
  • 感謝しない
  • 決めない
  • 目標を明示しない
  • 話が長い
  • 言っていることがぶれる
  • 保身に走る
私自身の経験で、もっともモチベーションを下げて入れたリーダーA氏は、こんな人でした。
  • 経営会議で、いきなり数字の話から入り、経営の方向性や組織の活性化などアクションにつながる話は付け足し。いつも数字中心の暗ーい会議
  • とある案件がなかなか成約に至らないときに、頻繁に相談をもちかけていたにも関わらず、別のB氏に「なんとかしろ」と指示し、このB氏がまた見当外れのことを言ってくる
  • なんとか成約したあとに、社内承認プロセス上の問題があとからわかり、さらに上にいたアメリカ人の上様のお白州に引き出されるが、なんとA氏は上様の横にすわり、お沙汰を下す側にすましてすわっている・・・・
お天道様は見ていらっしゃったのか、A氏は間もなく会社にいなくなりました。

2009年5月23日土曜日

苦汁その1

プロフェッショナル・サービス稼業を長くやっていると、苦汁をなめさせられる経験も増えます。
これがまた成長の糧となるのですが、やはり苦いものです。
苦さは、決して消えることがないように思います。
だからこそ、次に活かそうと考えるのでしょう。

都市銀行の事務改革プロジェクトを受注したときのこと。
そもそも、あとから聞くと、頭取が「内から帰られないのであれば、外から変えろ」と指示を出し、いやいやコンサルティング会社を使うことになったようです。
チーム編成にも苦労しつつ、3ヶ月の苦闘の末に、結果的には何も変わりませんでした。
自分の非力を素直に認める一方で、プロジェクト後にもお付き合いが続く方が1人もつくれなかったのは初めてのことでした。
該当部署をたばねるAさんに、終了時に「まあ、そちらはいい勉強をしたのだろうけど。くれぐれもうちの情報を他でもらさないように」と言われたときには、さすがに頭に血がのぼりました。上司にすぐ諌められましたが。
いま思えば青いかぎりです。

そして数年後、家族旅行の際にふとテレビを見ると、なんと大規模システム障害が発生し、めでたく出世されたAさんが深く頭を下げているではないですか!
いやはや、人生いろいろです。

2009年4月18日土曜日

窮屈なエグゼクティブ

あるグローバル大手企業は、マネジメントの能力評価を経験とリーダーシップの観点で4段階評価し、外部から採用する際にもその尺度をあてはめ、中から昇進させるのとどちらがよい結果をうむかを判断する材料としています。
その評価内容をみると、経験においては「何カ国のマネジメント経験があるか」「PL責任の金額」など物差しが多数あり、またリーダーシップにおいてはコンピテインシーがたくさん規定されています。

さすがグローバル企業と思う反面、エグゼクティブたちは窮屈だろうなあと思ってしまいます。
規格を求めすぎると、規格外の人が生まれないのでは?
本田宗一郎さんのようなケタ違いな人は、規格からは出てこないでしょう。

世の中が、革新よりもマネジメントゲームになってきているように感じてしまいました。

2009年4月5日日曜日

プロフェッショナルのリタイア

同僚であり大師匠であるJTさんがリタイアされました。
ノルマ(?)證券で18年、サーチ・コンサルタントとして20数年。

Next Chapter のスタートです。
これからは、一線を退いたのちもまだまだ世のために活躍できる人たちをネットワークしていく活動をされるとのこと。
プロフェッショナルとして、ライフワークを追求していかれるJTさん、お疲れ様でした!
そして、これからも良きロールモデルであり続けてください。
プロフェッショナルたちには、ロールモデルが必要なのですから。

2009年4月4日土曜日

敗軍の将は兵を語らず

プロフェッショナルサービスは、クライアントの評価がすべてです。
どんなに自分では完璧と思っても、クライアントが満足しなければNG。
自分では至らないと思っても、クライアントはハッピーであればOK。

これまでのコンサルタント人生でも、「金を払わない」と東証一部上場(!)企業に言われて苦労したり、顧客満足度調査で「満足しているけど、慢心されると困るから平均点をつけておく」という理由で社内的には要対応となる点数をつけられ、外人上司に糾弾されたり、いろいろありました。

最近、「金を返せ」という事態となった案件があり、さすがにこれははじめての体験でした。
Client First.
一歩ずつ切磋琢磨してサービスレベルを上げていくことで応えたいと思います。

「〇〇〇はつらいよ!」

2009年3月29日日曜日

【奇人列伝】 MM氏

MM氏は、A社ひとすじ約3X年のリーダーでした。
セールスを手伝ってくれるということで某社に提案に行きました。
質疑も佳境に入り、当方も懸命に説明をこころみます。
すると、なにやら自分の足に何かが当たります。
気のせいかと思いながら話し続けると、「痛い!」というほど蹴られました。

どうやら、MM氏からするとセールストークとしてなっていなかったようです。
こちらもよもや机の下でけられるとは思いもよらなかったのでびっくりしました。

さすが、水面下での戦いがくりひろげられる外資系で成功した方です。
その独特さに脱帽しました。

残念ながら、この提案は負けてしまいましたが・・・。

2009年3月15日日曜日

【奇人列伝】 TS氏の勝ちパターン

A社に入社した新人の私にとって、はじめてのプロジェクトがはじめての社会人経験でありました。
世の中の常識のなんたるかを知らない、ただのうすらぼんやりの私にとって、プロジェクトマネジャーTS氏はカッコよく絶対的存在でした。

配属初日、TS氏はやおら「勝ちパターンを言ってみろ」と聞いてきました。
「ダントツぶっちぎりです」と答えると、目を細めて「よし!」とうなづいていました。
「他力本願です」と答えた人には、ずっこけていました。

とにかく気合が好きで、お昼をご一緒すると鰻か肉。
プロジェクトメンバーも自然と体育会のノリになります。

ある飲み会で、いよいよ「TSさんの勝ちパターンは何ですか?」と一同聞きました。
すると、
「まっくらな部屋に俺だけひとりポツンと座って、じーっとじっとじっと念じて念じて
相手を念じ殺す!

マジでこわかったっす・・・。

2009年3月14日土曜日

異邦人

モノカルチャーは危険です。
エンロン問題をトリガーに消えたアンダーセンは、他の大手会計事務所が合併を繰り返したのとは一線を画して純血で成長しました。
ベクトルが同じで、みんなのパワーを結集すれば成功するという環境では、モノカルチャーはハイパフォーマンスです。
一方で、なにか問題が起きたとき、ダウントレンドのときに、モノカルチャーは信じられない脆さをみせます。
日本企業も、日本人ばかり・同じ会社の生え抜きばかりのモノカルチャーで高度成長期は成功しました。
1990年のバブル崩壊後は、アップダウンの激しい環境下で、かなりモノカルチャーの負の面が出てきているように思います。

社外取締役などは、まさにモノカルチャーに別の血を注ぎ込み、特にいまのようなダウントレンドにおいて意味をもつガバナンス手法でしょう。
モノカルチャーには、異邦人が必要なのです。
異邦人がどれだけ流動し、あるいは流動によってどれだけ異邦人が誕生し、モノラルをカラフルにしていけるかで、日本のこれからの活力が大きく変わると思います。

異邦人としてのプロフェッショナルや、異邦人を生み出すプロフェッショナルの活躍の場も増えていってほしいものです。

2009年3月8日日曜日

成長する理由

A社はなぜ1990年代から、あれだけ連続的に大きく成長してきたのでしょうか?
  • セールスマインド(営業専任はほとんどいない。プロジェクトメンバーは、デリバリーをしながら次フェーズを売る、他の案件を売る、という習性をたたきこまれる。)
  • 自己規律(グローバルに一律の方法論・スタンダードに固執。お客や競合他社からは、まるでアンダロイドだと言われる。)
  • 変革パラノイア(中の人間ですらあきれるほどコロコロと組織を変え、戦略を変え、社名を変え、非公開から公開にまでなる)
この3つが大きかったと思います。

いまいるS社は、ビジネスモデルが違うので、次のような点が成長ドライバーになるのではないかと考えています。
  • One Global Team and Database
  • Gold Standard
  • Power of Networking
そのうち、具体例をもとに検証してみます。

2009年3月7日土曜日

ふと、原点に帰りたくなるとき、このスピーチを聞きます。
何度聞いても、感動します。

思えば、私がさんざん回り道をして、25歳にしてようやく社会に出てコンサルティングA社に入ったのも、スティーブ・ジョブスが縁でした。
私にとっては、神です。

2009年3月1日日曜日

Firm History

PSFの歴史をみると、その会社のDNAがなんとなく伝わってきます。
このDNAは、けっこう強烈です。
コンサルティング会社を買収しても、なかなか融合が難しいのは、DNAが濃いからです。

2009年2月21日土曜日

霊魂

プロフェッショナルとして、いろいろな方にお会いして真剣勝負で話をしていると、お会いしたあとに幸福感を感じる場合と、空虚さを感じる場合があります。
なにも感じない場合もあります。

最近、どうもその方の霊魂をどう感じたか、によってお会いした後の感覚が決まるのかなあという気がしています。
宗教が入っているわけではありません。

霊魂がきれいな人:自分の信念があり、感謝の気持ちを忘れず、未来のため、人のために何か貢献しようと思っている。

霊魂が濁っている人:自分の損得勘定が先に来る、人の悪口を言う、感謝しない。

よい霊魂にお会いできた日は、よる一杯やりながら、しみじみ有難かったなあ、と余韻を楽しんでいます。

2009年2月13日金曜日

Force of Character

「人間力」って英語でなんて言うんだろう?
アメリカ人のクライアントが、"Force of Character"と教えてくれました。

Force - スターウォーズのフォースを連想させて、なんかいい感じです。

2009年2月8日日曜日

ネットワーキング




プロフェッショナルが楽しいひとときのひとつに、ネットワーキングがあるように思います。
他のプロフェッショナルとのネットワーキングによって、自分の世界が広がる、あるいは何か新しいアイデアが生まれる。ワクワクする瞬間です。

そのようなネットワーキングのハブとなること。
そういう役割をもったプロフェッショナルでいることもまた、楽しいことです。


2009年1月25日日曜日

DNA

PSAの求心力のひとつは、DNAにあると思います。
リクルート出身の人に会うと、必ずといっていいほど、次のことばがしみついています。
(少なくとも、私が会った人たちは・・・)
「みずから機会を創り、機会によってみずからを変えよ」

創業者が考え、プレートにして卓上においていたということばです。
このDNAは強烈で、リクルート自身だけでなく、各方面に人が出て行って、このDNAを体現しています。

先日も、たまたま会った人の机の上にこのことばがプレートにしてあり、聞くとやはりリクルート出身の方でした。
しかも、日本語だけでなく、中国語と英語まで併記してあります。

共通言語というか、ことばの力は偉大ですね。