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2013年5月8日水曜日

時間どろぼう

時間どろぼうは言う。

  • 時間がないからできない
  • 自分の提案が受け入れられないからできない
  • 協力が得られないからできない


時間どろぼうは、他人の時間を非建設的に消費することに何らの痛痒も感じない。「自分」のことを話すだけである。
時間どろぼうと、「志」とか「仕事の意味」とか本質的な話をしようとしても、プロトコルが合わないのか、まったく前向きな話にならず、ただただ時間が流れてしまう。
時間どろぼうは、そういう人種なのだと受け入れて距離をおくのが最善のようである。

2012年4月24日火曜日

1つのブチキレには10の理由

感情をおさえきれずに怒りが爆発してしまう状態を切れるといいます。
どの臨界点でブチキレるかは、性格や我慢する力の度合い、コミュニケーション能力などの要素によって人ぞれぞれ異なるでしょうが、多かれ少なかれ切れるに至るまでには複数の伏線があるのだと思います。
ふだんのちょっとしたコミュニケーションの中で感じる違和感、陰口をたたかれていることへの不信感、相手がリーダーとしての行動を示していないことへの不満、言われたとおりにやったのに叱咤されたことへの落胆などなど。
上司として、部下に切れられたこともあります。そのようなときには、「こいつおかしいんじゃないの?」と思ってしまうのですが、実はその背景には、その部下が自分に対して数々の不満をもっていたのだと今になって思います。
小さなガス漏れの蓄積が、大きな爆発につながるわけです。
したがって、普段からこまめなフィードバックや相手の意見の確認などを心がける必要があります。難しいのは、そうしたコミュニケーションの場において、ポジションパワーが働いてしまうことです。
たとえば、不満を言っているように聞こえたら昇進のマイナス材料になるとか、次の役割をもらえなくなるとか、と思えばついつい不満を胸に秘めてしまうでしょう。組織文化として、オープンに言い合い、それを許容するような状態が必要なのだと思います。
ブチキレたり、ブチキレられたりしたら、その伏線として10ぐらいは理由があると思い、それらを列挙してみると、もっとはやい段階で対応できていたことがわかるのではないでしょうか。

2008年6月7日土曜日

怒るは愛

親として、こどもにはついガミガミ言ってしまいます。
「もっと目を離して本を読め」
「姿勢を正せ」
「歯をよく磨け」
「外で遊べ」

自分で自分が嫌になるほど、あれこれ言います。

職場でこれと同じようにガミガミ言えるかというと、どうしても遠慮しがちになります。
「部下に嫌われたらいけない」
「ここで短所を直せずに成長しなくても、所詮は彼・彼女の人生だから知ったことではない」

こどもへの愛と同等のものをもてないとこうなります。

一方で、文章の書き方から服装のあり方までうるさく言う上司がいます。
愛があってありがたいことです。

プロフェッショナルサービスでは、この関係はさらに対クライアントにも発生します。
「耳に痛いことをいうコンサルタント」は、自分たちに愛をもって真剣に取り組んでくれている場合もあるということです。
「業者のくせに生意気な」とカチンときているようでは、プロの力を使いつくすことはできないでしょう。
愛にこたえようと、まずはやってみる。まさにプロとプロの真剣勝負になります。

もっとも、ただ性格がゆがんでいて辛辣なだけの人もいますので、見極めは難しいですよね。